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さて、今回シアトルを去ってNYに来た理由ですが、職場の手続きなどがしっかり完了するまでご報告できずにいました。今日はそのことについて少しお話させて下さい。
シアトルを去った理由は、以前の職場であるフレッドハッチでお世話になっていたPI(Principal Investigator、ボス、要するに教授)が、以前よりもさらに良い条件と環境でNYでのポジションを提供されたので、それにお供させていただくことにしたからです。
僕は彼と一緒に仕事をしてまだ1年半ですが、とても真摯に大切にしていただいてきました。一緒にNYに来て欲しいと声をかけていただいたことに感謝し、彼の期待に答えるためにNY行きを決意しました。
シアトルは10年ほど住みました。しおちゃんの生まれ故郷でもあり、とても好きな街なので、あの街を去るの簡単な決断ではありませんでした。けれども、僕の本業はサイエンティストとして免疫を研究することであるし、さらに良い研究環境や条件が待っているのを納得しての決断なので、迷いはありません。自分はまだまだだからこそ、また新しい環境で修行せねばと思い至りました。
NYでの行き先は、メモリアル・スローンケタリング・がんセンター(Memorial Sloan-Kettering Cancer Center)という非営利の研究所です。ギラギラのガラスに側面にオレンジ色のパネルがついた、やたら派手な建物です。マンハッタンのアッパーイーストサイドにあります。
MSKCC(略)は、1884年に世界で最も古いがんの病院として創設されました。第一次世界大戦が1914年で、日本の内閣制度が設立されて伊藤博文が初代内閣になったのが1885年ですから、それよりも前のことです。ここは、先代の学者先生たちが医学史に残る発見をされてきた場でもあります。写真の建物は新しくなっていますが、その歴史の重みに身が引き締まる思いです。
ラボからNYのビル群を望む。シアトルの湖があった景色とは大分違います。
こちらはトイレからの景色。目の前の不思議な形の建物はコーネル大学の医学部。その隣にはロックフェラー大学も隣接していて、MSKCCと相互に協力して研究をしています。ロックフェラー大学といえば、野口英世が研究をしていた場でもあります。その頃から、MSKCCもここにたたずんでいたと考えると、歴史の重みを感じます。気を引き締めて研究していきたいと思います。
さて、アッパーイーストサイドは、セントラルパークの東側に位置しています。映画やテレビ等で度々登場するそうなので、詳しい方は後存知かもしれません。NYの中でも治安が良く、物価が目が飛び出るほど高いのは難点ですが、素敵なレストランやカフェなどで賑わっています。ちなみにシアトルからNYというと、イチロー選手のマネフみたいですね(笑)。MSKCCの目の前は以前イチロー選手が住んでいたアパートがあったり。
ということで、ご報告が遅くなりましたが以上が経緯でした。これからも今まで通り、T2と楽しい毎日を報告していきますので、どうぞよろしくお願いします!